さ行
斉藤一・江戸末期〜明治1844〜1915
■彼のお孫さん曰く「スーパーキレイ好き」だったとか。
■きるきる(3人にしか通じないネタはやめろって)
相楽総三・江戸末期
■この人の名前を見てトキめいたのは私だけではないはず(笑)
総司の「総」と歳三の「三」を合わせた名前なんて……vv
■先日、日本史の抜き打ちテストで「赤報隊隊長の名は?」という
問題を見てニヤリとした私。しかも正答率は低かった。
佐藤忠信・平安末期1161〜1186
■奥州平泉より源義経に従った義経の四天王の一人。
(残る3人は佐藤嗣信、鎌田盛政、鎌田光政)吉野まで追われたときに
義経の身代わりとなって切腹。……しかし私は某同人誌のこの感動的な
シーンで、彼が内臓つかみ出しの芸をやっている話のインパクトが強すぎて
泣けなくなってしまった…。お願い、腸つかんで振り回さないで。
■その本を見せたのは私ですか?
佐藤嗣信・平安末期1158〜1185
■義経四天王の一人で前項の忠信の兄。屋島の合戦で教経の剛弓から
義経を庇って戦死。
■愛しの義経の腕の中で死ねて良かったね。(←おいおい)
静御前・平安末期?〜?
■義経の愛妾。白拍子の名手。
■6ケ月の身重の頃に舞を踊らせられた。
■気が強かったに違いない!
聖徳太子・飛鳥574〜622
■唇の色が気になって夜も眠れません(笑)
■「日出ずる処の天子」を読んで印象が180度変わった。
■実在しなかった説が急浮上中vvこれからの展開が気になるところ(^^)
新撰組・江戸末期
■私は親しみを込めて『守護職戦隊ミブレンジャー』と呼んでいる。
栞静・現代
■「わびさび」の参謀。
■真冬の京都旅行にミニスカートをはいてくる強者(笑)
清少納言・平安
■ナゴンちゃん。
■私と気が合いそう。
た行
平敦盛・平安末期1169〜1184
■藤沢みやさんの神域。この人の悪口は「わびさび」の中では言えない。
■若年ながら笛の名手。
■一の谷の合戦で潔く討ち死にする様は平家物語の中でも特に有名である。
享年16歳。無官大夫。
■でも妻子持ち。しくしく
平清盛・平安末期1118〜1181
■きよぴー。
■白河院の御落胤説有り。
平知章・平安末期1169〜1184
■知盛の子。敦盛と同じく16歳で一の谷の合戦で討ち死に。
生田の森の大将軍の父を庇い、あえなく討ち取られる。
■敦盛と仲が良い(←決めつけ)
平知盛・平安末期1152〜1185
■知章の死を知り知盛は袖に顔を当てて泣いたという。
■同人誌界ではなぜか義経にラブラブである。
平教経・平安末期1160〜1185
■清盛の弟の教盛の次男。
■能登守。平家きっての勇将と名高い。弓の名手。
■でも病弱説有り。
■壇ノ浦の合戦では義経の跳躍力に涙を飲んだ。
■ビッテンフェルトとイメージが重なる。
■犬坂潤さんの年賀状は毎年彼vv私は嬉しいので続けて下さいね。
高杉晋作・江戸末期1839〜1867
■幼少の頃罪人の処刑を弁当食いながら見ていた人。
「あずき餅」という愛称がある。
■沖田総司、平手造酒と並ぶ幕末喀血三人衆!の一人。
武田信玄・戦国1521〜1573
■今更あの肖像画が別人と言われても困りますよねぇ……
■大好物はアワビ。
竹中半兵衛・戦国
■豊臣秀吉の参謀,軍師。
世捨て人だったのをスカウトされた頭脳明晰で病弱な人。
■主君の腕の中で血を吐いて死ぬという美味しい場面が太閤記の中に
出てきたがその主君が秀吉ではイマイチ美しくないなと子供心に思い、
感涙が引っ込んだ。
天智天皇(中大兄皇子)・飛鳥626〜671
■天皇中心政治のための改革(大化の改新)を行った人。
■蘇我氏討伐のクーデターを起すきっかけを作った靴の持ち主。
■中臣鎌足との出会いが蹴鞠をしてる時飛ばした靴を拾ってもらったと
いうのはロマンティックなのか間抜けなのか…
天武天皇(大海人皇子)・飛鳥631?〜689
■ワープロで「大海人皇子」と打つ時「だいかいじんおうじ」と打たないと
「大甘の巫女」と変換されてしまう。
徳川家康・戦国〜江戸
■狸。
徳川綱吉・江戸
■N●Kのおかげで、すっかりイメージの変わった人。
例・ドラえもんに出てくる彼がどう考えても異様に思えてきたのだから
間違いない。
豊臣秀吉・戦国〜安土桃山1537〜1598
■農民から関白、太政大臣と大出世した人。
■「猿」と言われる人。
■と、一般で言われていますが。実際は信長は秀吉の事を猿とは
呼んでいません。信長が禰(ねね)に宛てた手紙には「はげねずみ」と
しか記されていませんし、残されている肖像画もどちらかというと
ネズミ顔です。
猿に似ているという俗説の根拠は天正19年に京都で流布した狂歌であると
いわれています。「猿並の秀吉が関白になるなんて世紀末に違いない」と
いうような歌なのですがここでの猿は名家から見たら下級武士の秀吉は
人間より猿に近い、という意味であり顔が似ているというわけでは
ないようです。
あと毛利氏家臣の玉木吉保が「秀吉は赤ひげで猿まなこで……」と
記していますがこの猿まなことは油断ならない目つきという意味なので
これも違うのです。私は「ねずみ」と呼ばれる秀吉を期待していたのに
N●Kにはがっかりしたよ。あと残るはミラージュだけか…
■あと墨俣の一夜城も史実的におかしい所が多く秀吉が成功させたと
いうのは創作ではないかといわれています。
■しかも竹中半兵衛軍師説も伝説の域を出ないらしいし、太陽の子と
いうのも関白になってからの秀吉自身の作り話らしい。
■秀吉嫌いなくせに詳しい私。もしかして愛情の裏返し?(笑)